129 views

こんにちは。卍son(マンジスン)です。先日、職場の同僚と本の話をした際に「私は村上春樹と百田尚樹と伊坂幸太郎しか読まないんだぁ。」という謎のこだわりを主張してきたので、「伊坂幸太郎の新作はどうだった?」と質問してみたところ、実際は『ゴールデンスランバー』と『重力ピエロ』しか読んでなかったという。なんなんだよ!イラッとしたので、2017年に出た伊坂幸太郎の新作2冊を読んでみました。コチラ!

  1. AX 作者:伊坂幸太郎
  2. ホワイトラビット 作者:伊坂幸太郎

気をつけていますが、引用も多いのでネタバレだったらすいません。

AX

オススメ度★★★☆☆卍的書評キーワードコチラ↓

「殺し屋と恐妻家のミスマッチ、妻の取り扱いマニュアルが勉強になる。」

まずは軽くあらすじをするために、帯の文章を引用させて頂く。

「カマキリ(恐妻家)の斧(アックス)を甘く見てるなよ」

「兜」は超一流の殺し屋だが、家では頭が上がらない。一人息子の克己もあきれるほどだ。兜がこの仕事を辞めたい、と考えはじめたのは、克己が生まれた頃だった。引退に必要な金を稼ぐため、仕方なく仕事を続けていたある日、爆弾職人を軽々と始末した兜は、意外な人物から襲撃を受ける。こんな物騒な仕事をしていることは、家族はもちろん、知らない。

とまぁ、キザでカッコいい殺し屋なんだけど、所々でそれはカッコいいのか?!と思うところが多々ある、、、(笑)。そこがたまらなくツボなんだけど。それを象徴しているのがプロローグでの一場面。深夜に家族を起こしてしまわないように、極力音が出さない夜食は何か?という議論で、カップラーメンやおにぎり、バナナなどが挙げられる中、主人公「兜」がカッコつけてこのように述べるのだ。

「ソーセージなんだ。魚肉ソーセージ。あれは、音も鳴らなければ、日持ちもする。腹にもたまる。ベストな選択だ。」

「時々、深夜のコンビニで、いかにも俺と同じような、仕事帰りの父親が、おにぎりやらバナナを買っていこうとするけどな、それを見るといつも、まだまだだな、と感じずにはいられないんだ。」

「最後に行き着くのは、魚肉ソーセージだ。」

なんだろうこの感じ。魚肉ソーセージってどう食ってもカッコよくないよね(笑)。

特に面白くて笑ったのが第2章「BEE」。自宅の庭にできたスズメバチの巣を頑張って駆除する話。危ないから業者に頼みなさいと妻に注意されるんだけど、お盆で業者が休みという大ピンチ。妻にはまだ駆除できないのかと催促され、困りはてるパパ兼殺し屋(笑)。

この小説は女性取り扱い説明書でもある。我々、一般男性が日々遭遇する女性からの無慈悲な攻撃をいかにして対処したらいいのか。女性は誰しも鬼嫁である。妻の仕事が忙しく、夕食の準備がまだできていなかったときの一場面。

何が食べたい?と妻に訊かれた際に、どう答えるべきか。もちろん正解はないものの、兜は経験からいくつかのことを学んでいた。「何でもいいよ」と返事するのは論外だ。何でもいい、と言われて喜ぶ料理人はいない。「では、デリバリーを頼もう」「外食するか」と景気よく返すのは悪くない。悪くないが、良いわけでもない。相手の機嫌によっては、「そんなに贅沢できるわけがないでしょ。あなたは本当に、家のことに云々かんぬん」と責められる危険性がある・・・

・・・そうであるのならば、妻の手間がかからぬものを、「まさにそれを自分が欲しているのだ」と口に出すほうがよほど良い。先方も、「あなたがそれが食べたいのなら、そうします。ちょうど作るのが楽だし」と好意的に受け止める。

そして、この夜は冷凍チャーハンを食べることとなる(笑)。

主人公は一貫して「フェア」かどうかにこだわりを見せる。標的も不意打ちするのではなく、正面から戦おうとする。小説の中ではケネディの言葉「汝の敵を許せ。だが、その名は決して忘れるな」を引き合いに出しているが(同じような言葉を三浦綾子の『氷点』でも言ってた気がする)、殺し屋と恐妻家という一見ミスマッチなものを繋ぐ上で「フェア」という概念が重要になってくるのだろう。

毎日のように妻から理不尽なことを言いつけられるのは、夫婦関係としてアンフェアなのか。そして良き父親とはどういうものかを考える小説だった。

ホワイトラビット

オススメ度★★☆☆☆卍的書評キーワードコチラ↓

「小説だからできる大逆転。」

こちらも例にならって、帯を引用します。

その夜、街は静かだった。高台の家で、人質立てこもり事件が起こるまでは。

SIT(特殊捜査班)に所属、宮城県警を代表する優秀な警察官も現場に急行し、交渉を始めるが————。

逃亡不可能な状況下、息子への、妻への、娘への、オリオン座への(?)愛が交錯し、緊張感はさらに増大!しかし読み心地は抜群に爽快!あの泥棒も登場します。

ん~これだけじゃ分かんないね(笑)。登場人物が多くて、視点が章によって変わっていくから、ストーリーが簡単には説明できないよ。ただその複雑に絡み合った関係が、だんだんと解明されていくから、爽快感は最高だよとだけ言っておこう。

『アヒルと鴨のコインロッカー』を読んだ時もそうだが、この面白さは小説だからこそ表現できるものだなぁと感じた。映像ではこの大逆転ストーリーを表現するのが難しいと思う。

TV、最近ではYouTubeなどの映像が、文字・文章よりもメディアとして優位になってきたっていうのがまぁ、通説だと思うけど、実は意外に文字・文章も負けていないのでは?と考える哲学者もいて、それはつまりSNSらしい。SNSには写真も挙げるけど、真の面白さはそれに添える言葉。また、他人のSNSを見てさらに、言葉で新たな情報をインプットするし。そしてまたアウトプットを繰り返すという、、、。もしかしたら、もう若者の方が日本語上手だったりしてね。

面白いと思った小説はすぐに映画化!ドラマ化!ってなってしまう流れだけど、映像にできない超面白い小説がこれからドンドン出てきて欲しいと思った。

さて話を戻して、小説は「レ・ミゼラブル」のように作者がしゃしゃり出てきたりして、ストーリーを方向転換させながら進んでいく。そして、この事件におけるキーパーソン、その名は「オリオオリオ」。

見事なネーミングセンス。そしてコイツの特徴が「オリオン座に詳しい」ってこと。この情報だけを頼り警察は捜査しないといけないという。なんともマヌケな感じ。

しかし中には伊坂幸太郎らしいキザな表現もちょこちょこ出てくる。これはさすがにカッコいい。

「人間というのは集団で生きているからな・・・ルールを守ることに関しては敏感なんだ。ルールは自分たちから自由を奪う。ただ、そのルールによって秩序が、集団が守らている。ルールを破りたいが、破らないように、と昔から教え込まれている」「誰に教え込まれたんですか」「渡り鳥に、渡る時季を教えたやつだろうな」

 

はい!まぁ、まだまだ言いたいことはあったけど、それは読んでからのお楽しみということで。ぜひ読んで見てください。